文系リスキリングに放送大学がちょうどいい
こんにちは、しゅうです。
みなさんが最後にテスト勉強をしたのはいつですか? オレは今なんだよ!!1
というのも、ここ数年、放送大学で哲学や芸術、政治思想といった「文系の講義」を少しずつ履修している。「卒業を目指している」なんて大げさなものじゃなくて、半年で3コマくらい受講しているだけだ2。
今日は、なんでこんなことをしているのか、その背景について書いてみたい。
なお、この記事は個人ブログのこの記事 を、会社のエンジニアブログ向けに再構成したものです。テスト前の大学生なので、これくらいのサボりは許されるはず・・・
工学では解けない問いについて
僕の思考スタイルは、広い意味で自然科学の流れを汲む「工学」に強く影響を受けている。理由は単純で、大学・大学院で工学を専攻したからだ。
工学は、自然科学を応用して現実の問題を「解ける形」に定式化し、実装する営みだ。曖昧な要求を仕様に落とし、設計・実装するソフトウェア開発の一連のプロセスは、まさに"工学"そのものだ。
このアプローチは、社会の仕組みや業務フローの効率化には強いが、現実の複雑さを過度に単純化・一般化してしまう側面がある。我々ソフトウェアエンジニアがよく言う「ベストプラクティス」は、現実を構造化された枠組みに落とし込み、再現性のある開発を実現するための知恵の集積だ。
ところが、人を巻き込む営み、たとえばチームビルディングやプロジェクトのマネジメント、開発とビジネスのコンフリクトの調整といった場面では、必ずしもそのやり方がフィットしないことがある。
- チームに、どんな役割が足りていないかを見極める
- メンバーが、力を発揮できていない背景を理解する
- チーム内外のコンフリクトを調整する
こうしたテーマは正解がひとつに定まらないし、再現性も検証性もない。むしろ個々の感情や関係性、組織文化など文脈に強く依存している。
無理に既存の解法を当てはめると、不自然で空回りするマネジメントに陥りがちだ。
「文系」という選択肢と放送大学
哲学や芸術、物語や宗教といった文系の学問は、こうした「定式化できない問い」と自然に向き合う方法論を持つ。
僕自身、中高時代から自然と「理系寄り」の思考に馴染み、高校の文理選択でも迷わず理系を選んだ。工学は当然その延長にあるが、年齢とともに工学的な思考だけではうまく立ち行かない場面が増えてきた。
ひとつの思考パターンに閉じるのではなく、複数の視点を行き来できたほうが、現実の複雑さに柔軟に対応できるのではないか。そんな思いから、思考パターンを増やすべく、かつて選ばなかった「文系」の学びに関心を持つようになった。
とはいえ今さら大学に入り直すのも現実的ではない。自分のペースで、信頼できる教材とカリキュラムで学び直せる環境、そこで選んだのが放送大学だった。
講義はオンデマンドで視聴でき、単位認定試験もある。独学より内容に信頼が持て、自分のペースで体系的に学べる(そして、学割もとても魅力的だ3)。
ということで、履修した授業の中で印象深い講義の概要を、自分の備忘録も兼ねて書いていこうと思う。
履修した授業の中で印象深い講義
- 僕が想像していた「哲学の授業そのもの」って感じ
- 哲学入門として最適だと思う。魚住先生の語り口も素敵で、ラジオ番組としても聞ける
- 個人的には、放送大学の授業の中でもトップクラスにおすすめな授業
- いろんな側面から「ヒト」ってどんな生き物なのかを見ていく感じ
- 20世紀の政治理論を、全体主義と新自由主義の軸で整理してくれる
- 授業自体はものすごく面白かったんだけど、レポートが多くて辛かった
- オペラ・バレエ・ダンス・ミュージカル・演劇がテーマ
- 出てくる講師が有名人ばかりですごい、蜷川幸雄さんのインタビューは圧巻
他に印象深い講義はあるので、興味のある方はこちらもご覧ください。
まとめと宣伝
結局のところ、エンジニアとして「人を巻き込む」場面が増えてくると、工学的な正解だけじゃ物足りなくなってくる。 それに対して、「文系の学問」を体系的に学ぶことで、異なる思考の「引き出し」を増やすのそれなりに効果的だと思う。
その時、放送大学はちょうどいい選択肢の一つになる。
ちなみに、バフェット・コードでは、チームや組織の「定式化できない問い」にも向き合いたいソフトウェアエンジニアを募集しています。
一緒にナイスなエンジニアチームを作りましょう💪